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ポエトリー アグネスの詩 [映画]

「ポエトリー アグネスの詩」

韓国の名匠イ・チャンドン監督の最新作。

この映画を観終わった時、何気ない映像の積み重ねで物語を構築して、やがてとんでもない地点にジャンプする様な、どえらい映画を観たなあという思いと、この映画の中身を頭の中で完全に消化しきれないモヤモヤした感じを抱えながら席を立った。
意味が分からない、とか、そういう意味では全くなくて。
深い。浅瀬だと思って少し潜ってみたら、いつのまにか芸術の深淵を覗き込んでしまったかのような。

この映画のテーマは、市井の人間が、詩、あるいは、芸術という存在に潜む美、を希求すること。
そこに重ねられる、未成年による集団強姦事件。そして、河に身を投げて自ら命を絶った被害者の少女。

一年後とか、ある程度のインターバルの後にもう一度観たら、もっと色んな事が腑に落ちて、同時に色んな事が心の奥底に迫ってくるのかもしれない、という予感がする。
沢山の映画を観ていると、たまにそういう映画に出くわす。
これもそんな映画の一つなのかなあ、と思う。

ネタバレありあり。かなあ。わかんない。

オープニングでは、陽光の下、田舎の河べりで遊ぶ子供たち。
一人の子の視線が、川の上流に何かを捉える。
そして静かに流れてくる女学生の死体。
河は陽の光にきらめきつつ、静かに物言わぬ死体を運んでいく。

主人公は、高校生の孫とつましく二人暮らしの老年の女性。
常に彼女なりのオシャレな佇まいを心掛け、朗らかで話好きな、どこか天真爛漫なおばあちゃんだ。
医者に認知症の初期である事を告知されるが、信じていないのか、余り意に介さない様子。
バス停の貼り紙を見て思い立って、詩の教室に通い始めた彼女。
いつか素敵な一遍の詩が、自分の中から湧き出てくる事を夢見る。

しかしそんな彼女にやがて突きつけられるショッキングな事実。
河に投身自殺して死んだ、町の女学生。
彼女は自殺する前から継続的に同級生から集団暴行を受けていた。そして、彼女に暴行していたグループの一人が、実は自分の孫だった。

実際に韓国で起こった事件に着想を得たという本作。
自分の子供が起こした事件に対して、何とか子供の経歴に傷を残さないように、金で事を収めようとする親たち。
そんな親達と同調して穏便に示談で済ませる事で、事件を隠蔽し、学校の不祥事とならないことを何より優先する学校側。
そして、密かに罪悪感を抱きつつも、親に守られながら日常をやり過ごし、事件を無かったことの様に振る舞う、加害者の子供達。

よくある話と言えば、その通り。
普通なら、この種の登場人物たちは、どこか醜悪な面をカメラに向かって曝け出すように描写されるのが常だ。
けどこの映画は、そんなステレオタイプな物事の捉え方を、明確に回避する。
加害者の子供の親達はみな、常識の備わった穏やかな人たちである。
加害者の子供たちは、不良でも何でもない、似た様な仲間たちとつるんでTVゲームに興じているような、普通の高校生たちである。

だからこそ、この映画は本質的な善悪を観客に問う。

天真爛漫な主人公の老婦人は、可愛い孫の犯罪に直面し、当然の事ながら苦悩を深めていく。
他の加害者の子供達の親たちとの寄り合いミーティングで決めた方針に従い、被害者の親に支払う示談金を工面しなければならない。子供達の経歴に傷が付かないように。

教会で開かれた、被害者の少女の追悼の集会。そこに偶然立ち会い、ひそかに参列する彼女だが、やがていたたまれなくなって席を立つ。そして受付に飾られていた彼女の小さな遺影を見て、思わず持ち帰ってしまう。
一緒に暮らす孫の目の前にその遺影を置く。孫は遺影から目をそらし、席を立つ。果たして彼は、心の底から自分の犯した罪を見つめているのか。

無垢な少女のような存在だった主人公の老女は、他の多くの映画や物語で少女たちや女性たちが経験するように、旅、あるいは精神的な遍歴を重ね、その中で色々な人達と出会い、一種の通過儀礼にも意を決して飛び込んでいく。

そんな彼女の遍歴が、詩というテーマに昇華するさまは実に見事であり、そのあり方には激しく胸が揺さぶられた。彼女が、自分の魂の底からついに拾い上げた一遍の詩とは。

そしてイ・チャンドン監督の作る何気ない映像そのものもまた、詩だと思う。

個人的評価 5点/5点満点

公式HP
http://poetry-shi.jp/


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