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NHK大河 平清盛 [テレビドラマ]

視聴率が1ケタ間近、とかいう事で、世間では現時点で既に、大河史上最大の失敗作ではないか?という声も出ている今年のNHK大河ドラマ、平清盛。

個人的な感想を言えば、たまに「なんでそうなんの?」という展開が、無きにしも非ず。
西行(藤木直人)が出家するくだりとか、清盛の弟・家盛(大東駿介)が心の弱さから、落馬して死ぬところとか。(その前の男色シーンも、話の流れの中での必然性が感じられなかった。)

しかしながら、歴代ベスト3に入るクオリティを誇っている。と思う。
毎週の楽しみの一つになっている。

何が素晴らしいかと言えば、まず何よりキャスティング。
ネームバリューよりも、実力、それに、役のイメージとの整合性を第一に考えた、ほぼ妥協のない俳優陣が揃っている。

名前を挙げればキリがないのだけれど、例えば、政争の軸となる歴代の法皇/上皇に、伊東四朗、三上博史、井浦新、松田翔太。どの人も絶妙のハマり具合。
宮廷内での権力闘争プレイヤーとして、主流から傍流に落ちぶれる藤原摂関家の、國村隼、堀部圭亮、山本耕史と、そのカウンターとして配置される新興勢力の、佐藤二朗や阿部サダヲ。(今後は後白河の近臣である吉沢悠やドランクドラゴン塚地も)
そして、無垢な愚かさで夫の鳥羽を苦しめる待賢門院の壇れいと、彼女に対抗心を燃やし政治を動かしていく野心家の美福門院の松雪泰子の二人の対照的な悪女は、ドラマ前半のキーパーソンに他ならなかった。

源義朝役の玉木宏は中々の荒くれ東武者ぶりで、その父・為義役の小日向文世とともに、それぞれの役柄を生きている感が素晴らしいと思う。
義朝の正妻役の田中麗奈も良いですね。

平家方では、中井貴一、和久井映見、豊原功補、上川隆也なんかはかなり計算できる感じで、保元の乱前夜の豊原功補なんかはとても素晴らしかったのだけれど、面白いと思うのは、有名な「平家にあらずんば人にあらず」という言葉を吐いた平時忠に、森田剛を起用したこと。

一番の未知数で、ウィークポイントとなる可能性すらあった松ケンも、回を追うごとに魅力的な面構えになってきていて、顔つきも佇まいも大河ドラマの顔にすっかりふさわしくなった、と思うのだけれど。

こうして見ると、今回の大河のキャスティングは、ベテラン/中堅/若手のバランスが良いと思う。
その中で、キーパーソンがベテラン俳優から若手俳優に徐々に切り替わってきている。
また、吉沢悠やドランクドラゴン塚っちゃん、あるいは後の武蔵坊弁慶となる鬼若役の青木崇高など、楽しみな主要キャストがどんどん追加されてきているのも、大河っぽくって、今後も楽しみな点。
(さらに遠藤憲一と塚本高史が、源頼朝の側近役での出演が発表された。この、キャスティングへの、力の入れ具合!)

歴史上で悪役であり敗者である平清盛を、新しい時代を切り開いた英雄としてフレッシュに人物像をとらえ直した事が、非常に挑戦的な企みだと思うし、それにフレッシュな、若き実力演者の松ケンを大抜擢したのもまた、挑戦的。
その心意気をまずは肯定的に評価すべき。

肝心のドラマの内容も、クオリティはとても高く、一般的な視聴者層の受けよりも制作者サイドの創り上げたいものを優先した、妥協のないモノ作りをしていると思うし、馴染みは薄いけど、その分、実力者揃いの俳優陣の熱演でそれぞれ魅力的に形成されたキャラクターたち、彼らの野心や理想や嫉妬や誇りが織り成す群像劇は、抜群に面白い。

あと、「画面が汚い」とか「暗い」とかいう批判はあるけれど、当時はそういう時代だった訳だし(電気もアスファルトもない、当たり前だけど)、そうした批判は正直、想像力を欠いている。
その時代の空気をできるだけ再現しようとする心意気と照明/撮影技術を、どうして世間はもっと評価しようとしないのだろう。
現代とは比較にならないほど、地上は泥まみれ土まみれだし、夜の暗闇は深かったはず。
そんな泥臭さ、夜の深さを反映したかのような、乱世社会であり、権力闘争。
幕末とも戦国時代とも違う、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」の、光と闇、雅びで無常な趣きが漂っているのもまた、この大河ドラマの大きな魅力だ。

平忠盛(中井貴一)、藤原家成(佐藤二朗)、鳥羽法皇(三上博史)という、前半を牽引していた主要プレイヤーが相次いで姿を消して、今回の保元の乱で藤原頼長(山本耕史)、源為義(小日向文世)、崇徳上皇(井浦新)といった主要プレイヤーもまた、死刑あるいは流罪という形で、ドラマから退場する事になる。
今後は、信西(阿部サダヲ)、源義朝(玉木宏)、後鳥羽帝(上皇、法皇)(松田翔太)らが、清盛と共に、権力を巡る勝ち抜き戦を戦って行く。
終盤ではきっと、若き源頼朝(岡田将生)が、年老いた最高権力者・清盛のライバルとして浮上してきて(後ろで糸を引いているのが松田翔太、という構図)、あと弁慶(青木崇貴)や義経(誰がやるんだろう?)、それに義経の庇護者にして、平氏/源氏に対する第三極としての奥州藤原氏なんかも顔を出すのかも。

ああ、なんて乱世の諸行無常。
時代は大きく回転を続ける。これからもワクワクである。

所で何故、こんなに人気がないんだろう。
原因を思いつく限り並べてみた。

① 時代的に馴染みがない。登場人物がようわからん。
② 結局、清盛って悪者やん。源氏が(というか義経と弁慶が)歴史的に見て、正義やん。
③ 実際の歴史と違う。勝手に創作すんな!
④ 松ケンの演技がなんか苦手。役不足では?
⑤ 単に、おもんない。

で、その反論。

① まあ、この時代に興味が持てないのなら、仕方がない。
けど、貴族社会から武家社会にダイナミックに転換していく大きな歴史の転換点だし、歴史的に見てもゼッタイに面白い時代だと思う。

登場人物がよくわからない、というのは、誰と誰が大きな対立軸になっていて、他のキャラはそれぞれどちらのサイドについているのか(或いは中立なのか)?という捉え方をすれば一気に一目瞭然となる。

例えば保元の乱なら、
1)それまでの流れの崇徳上皇(井浦新) vs 鳥羽法皇(三上博史)+美福門院(松雪泰子)という対立軸が、
2)藤原頼長(山本耕史)+崇徳上皇(井浦新) vs 信西(阿部サダヲ)+後白河帝(松田翔太)という対立軸に引き継がれていて、その大きな軸の下に、
3)源為義(小日向文世)vs 源義朝(玉木宏)の親子対立と、
4)平清盛 vs 平忠正(豊原功補)の甥/叔父の対立関係が、
重なって来た訳だ。
乱の勝敗が決した今、敗者側は去るのみ、今度は勝者側の中で新たな対立軸が形成されていく事になる。
こういう話、大好きな人はきっと多いはず。

② まあ清盛は日本史的には悪役で敗者なんだけど、結局のところ、歴史は勝者によって語られるわけで。
海外との貿易で富を蓄積していく清盛の先見の明と、中央の貴族社会の中で勝ち上がっていくことで、武家社会への大きな時代転換を契機づけた彼の歴史的な役割は、一般にも広く知られるべき。

③ ②に同じ。歴史は勝者によって書かれたものなので、そもそも真実とは限らない。
あと、別に創作が混じってもいいじゃん。面白くなれば。ドラマです。
遠い過去の話だから、人物の心の動きに創作が入って当然だし、そこもまた制作者の個性、その物語の個性。

④ 今の松ケンは、主人公としてとても魅力的。
役柄の年齢に応じて落ち着きが出て来て(発声も変えてきた)、風格がついてきた。

⑤ そういうことなら、仕方がありません。色々勝手に長々と力説して、本当にすみません。


最後にひとつ。
局面局面で登場人物達が、唐突に和歌を吟じだすのには、どうも慣れない。


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